ヨーガスートラ 1-3,1-4 〜本当の私とは?〜

最終更新: 2019年7月2日

第1章


1-3

心が静まるとき、変化を観る存在である自分の本当の姿に至る




苦悩から完全に自由で、どんな変化からも影響を受けない自分であり続けることがyogaのゴール。

それは、心のつぶやきや苦悩に結びつく考えの動きが静まるとき、可能になります。


何があっても自由。

何に頼らなくても、自分自身であることで大丈夫。


そう思えることが、真の自分の姿に至ることの意味だと伝えています。


無数に変わり続けるものの中で、唯一変わらない存在が私たちの本来の姿。




●自由と解放のために必要な3つのポイント


1、自分を知ること

 本当の自分自身が何者であるか?

 自由の意味に目覚める。


2、繰り返し練習すること

 yogaを繰り返し練習することで、真実の自分から揺れないようにする。


3、見極めること

 本物を見る目を常に養い、磨き、もち続ける。




では、自分自身の本当の姿とは何か?


この世界で生き、たくさんの役割を持ち、様々な経験をする私たち。

起きる、洗う、食べる、仕事する、話す、聞く…


動作は変わり、人との関わりも変わる。

そのたびに、私たちは違う役割を演じます。

どんな経験にも、どの役割にも、その中心にいつもいる「私自身」。


「限りなく広がる」ことは、「アーナンダ(無限、永遠)」といいます。


すなわち、サンスクリット語で「いる、在る」という意味である「サット(存在)」です。


「知る、わかる」存在は、「チット(意識の源)」といいます。


そして、その存在、意識の源は変わることなく、すべての経験の中に広がります。

「限りなく広がる」こと、それを「アーナンダ(無限、永遠)」といいます。


人が知るべき本来の自分自身は、存在・知・限りなく満ちるもの。


yogaは、自分自身である意味を深く理解するための、自分の生きた知恵に変えるプロセス。





では、心は何のためにあるのか?


心とは、ヴルッティ(考えの動き)が集まったものです。

ヴルッティでできている心は、常に動き、自分が世界を経験するための「内なる道具」。

インドの経典では、心にはその特性と働きを4つの言葉で説明しています。


・心の機能1 マナス(感情・迷い・揺れ動く思い)

悲しみ、怒り、嫉妬、喜び、様々な感情に揺れ動く心。

迷って、動いて、揺れることで、自分と世界をつなぎます。

世界を豊かな感情で楽しみ、味わうために心はあります。


・心の機能2 ブッディ(知性)

外から得た情報を、記憶と照合し、分析し、判断する。

知り得た知識をはっきり理解するのも心の役割です。


・心の機能3 アハンカーラ(自我、自己意識)

自分についてのアイデンティティー、エゴ、自己意識。

「私は誰?」と聞かれたとき、答える働きです。


・心の機能4 チッタン(記憶)

記憶するという働きです。

過去に起きたこと、経験したことは必ず心にしまわれます。

記憶し、そしてその記憶を呼び起こす機能が含まれます。





1-4

その動き、ちゃんとケアしないと自分と同一化しちゃうよ!




常にせわしなく、私たちを翻弄させるヴルッティ(考えの動き)、そのままにしてたらどうなるのか?


考えを観る存在である自分自身と変化し続ける考えを混同し、考えにはまり、流されてしまいます。


苦しみの考えがあれば、自分が苦しみとなり、悲しみが考えにあれば、自分も悲しみに染まる。

これが苦悩の原因。


何度も繰り返しますが、自分と考えの間に混同がある時にだけ、人は苦悩するのです。


「自分はなんて怒りっぽいんだろう」と自分を責めたり、「自分はなんて悲しいんだ」と悲嘆にくれる必要はない。


心は勝手にどんな風にも変わり、何処へでも流れ、喜怒哀楽に染まり、過去未来を行き来する。

そんなものは私自身ではない。


この見極めが、混乱からの解放です。


考えに染まる心を二ローダ(きちんとケアする)ことによって、私たちは自分自身を見失うことがなくなり、簡単に考えに流されなくなります。


心の変化を楽しむゆとりを持つこと。


考えと感情の後ろにいるのが本当の自分だと知ること。


考えの奴隷にならないこと。


王である自分を知り、流れ動く考えを見極める。

その方法がyogaだと伝えています。



次回は、その考えの性質についてです。



※参考書籍:やさしく学ぶYOGA哲学 ヨーガスートラ